中山道(日本橋→三条橋)531km 11日間歩いてまいりました。 |
普通 |
【日 時】 | |
【天 候】 | |
【参加者】 | K・A 単独 |
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【コース】 | 宿泊地 歩行距離 歩行開始 歩行時間 銭湯及スーパー銭湯 24月曜 北本市 44km 06:00 12:30 北本天然温泉湯花楽 25火曜 高崎駅 61km 04:00 15:10 諏訪の湯 26水曜 軽井沢 41km 04:00 15:00 ゆうすげ温泉旅館 27木曜 和田 48km 04:00 13:30 ふれあいの湯 28金曜 塩尻駅 33km 02:00 15:00 ヘルスパ塩尻 29土曜 上松駅 55km 03:45 14:00 木曽路の宿いわや 30日曜 中津川駅 52km 03:50 14:00 クアリゾート湯船沢 01月曜 美濃加茂 53km 03:10 16:30 音羽浴場 02火曜 大垣市 43km 04:00 14:30 あさひの湯大垣店 03水曜 竜王市 56km 03:45 18:00 04木曜 三条大橋 45km 05:30 11:30 |
23日日曜日の夜京都駅から夜行バスに乗り八重洲口に05:40頃到着。 24日月曜日日本橋にはすぐに着いたのですが、写真を撮ってもらおうとしたところなかなかタイ ミングが悪く出発が06:00になってしまいました。中山道は2回目なのでほとんど地図の必要はな く、17号線をたどって大宮に向かうという感じでしたが、お茶の水でちょっと気を許したすきに 道を外れ大きく修正する羽目に、ほんとに意識集中していないとすぐに道をlostします。出来る だけ履きなれたものでと思いシューズタイプの登山靴に分厚めのスポーツソックスを履いたので すが(この組み合わせは初めて)両足の小指の肩が締められて痛みを感じました、バンドエイド を貼りましたがあまり効果はありませんでした。結局は靴の紐の締めすぎで圧迫し過ぎたのが原 因と後で分かりました。18:00温泉に到着、入浴及食事後北本駅近くの大きな駐車場と隣接した ブロックなどの資材置き場(屋根付き)で宿泊。最後までテントは持っていましたが一度も張ら ず寝袋のみです。 25日火曜日16:00前回よりも1時間早く高崎市にはいる、予定していたお風呂はすぐ近くだが17: 30にならないと開かない、仕方なく時間ももったいないので高崎駅手前の銭湯を目指す。こちら の銭湯は20:00までの営業、距離にして約12km=3時間、まあ何とかなるかと向かってみる、足 の小指の痛みがだんだんひどくなり困ったものだなあと思いながらも18:40銭湯に到着、1時間ほ どはゆっくりできた。毎回の事だがこの銭湯に入っている時間が唯一の携帯の充電時間である、 持ってきた充電器の調子が悪く1時間で15%程度しか充電できない、したがって日中ほとんどの時 間は携帯の電源を切って節電に励んだ。脱衣場に洗濯機があったので2日分だが100円+50円支払っ て洗濯をさせてもらった。寝床は高崎駅から北へ1kmほどの街道沿いの駐車場(青天)で静かに お休みさせて頂いた。 中山道を表示したグーグルマップをプリントして持ってきたが、あまり縮尺が大きいと枚数が多 くなり大変だし小さいとどうなっているのかわからない、時には現在地がわからなくなる。今の 携帯は便利だ、現在地も地図上に表示してくれる、わけわからない標識で悩んだ時もどちらが正 しいかグーグルの地図を拡大して現在地に当てはめれば答えがすぐに出る、何度となく今回は使 わせて頂いた。 26日水曜日難関碓氷峠を目指す、手前の峠の釜めしで有名な横川駅近くで昼飯を食う、食堂の人 が「さっき雷が鳴っていた」という、天気予報でも山沿いでは雹が降るかも知れないと言っていた、 やばい!早いとこ峠を抜けないと。前回もそうだったが「安政遠足」というマラニックが近く行わ れるようで、その距離標識や方向案内標識がたくさんありとても役に立った、碓氷峠の直前で折 り返しのようです。 16:10碓氷峠到着、雨には合わないで済んだ、ここからはアスファルト道を旧軽井沢に向かう、 途中この道をショートカットするように崖を下る旧中山道の案内がある。今まで登りでかなり体 温を上げていたのもあるが下りに入って急に寒くなってきた、Tシャツ一枚だったのをフリース とウインドブレーカーを重ね着した。軽井沢側に入って一気に気候も季節も10日から2週間くらい 逆戻りした感じだ。 群馬県側とはまるで別世界だ、桜が満開だ、まだ開いていない桜もたくさんある。19:00ゆうす げ温泉に到着、客も少なかったのでゆっくりと入浴できた。温泉すぐそばの農業用の資材置き場 (屋根あり)で休ませて頂いた、風が強く風で畑の土や砂が飛ばされて、それが資材置き場の屋 根や壁に当たってうるさい。夜の間にかなりの量の雨が降ったが朝には上がっていた=ラッキー としか言いようがない。 27日木曜日この辺からいよいよ山の中を歩くな〜って感じです、コンビニさえも時々しか現れない、山ではないが十分な食料を持たないと、おな かがすいた時に補給できない、まあ夜明け前から日が暮れるまで歩くので食べる量も半端ないです。この辺標高が高いんです1000mくらいあり ます、今日の朝の気温4℃です、寒いです、桜だけでなくいろんな花が満開です。前回は和田宿に入る手前の大きな分岐で道を間違えて、4kmも 歩いてからどうも地図と地形が合わないと思って、地場の人に聞いたら間違っているって言われて、がっかりする暇もなく走って戻り走って和田宿 まで行った苦い経験があります。前回もあんなに慎重に地図を見たのに間違えた、今回はもう分かっているので分岐を慎重に和田宿へ向かいまし た。温泉は丘の上にあり、お風呂からはライトアップされた本当に満開の桜を見る事ができました、最高のロケーションで温泉を堪能しました。夜 は同じ敷地内グランドの休憩用の東屋で寝ました。寝た時は良かったのですがどんどん気温が下がり、どうにもこうにも寝ていられなくなり 01:30ごろ決断しました、このまま寝れない状況が続くよりも歩けば少しは暖かくなるし歩き始めよう。 28金曜日02:00ふもとのセブンで温かい飲み物を頂き目を覚まして和田峠へgoです。この前後国道 には歩道がありません。温泉からすこし峠方向に行くと、本来なら発電所のところから山の中に入 ります、2年前はそのコースを歩いています。しかし今回手持ちの地図の表示が間違っていてその 案内がなかった為記憶的にはどこかこのあたりで左に入っていくはずと思いながら結局随分上ま で国道を歩いてしまいました。国道の右側を歩行しました、対向するトラックにライトを振って 存在を知らせるとともに、道路から外に身を寄せられるところは完全に道路の外に出てトラック の通過を待ちました、命をなくしてはどうにもなりません。その後旧道に復帰でき06:00無事和 田峠に到着できました、霜柱が至る所にできていて、これは寝られなくて当然だわと感じた次第 です。ここから諏訪湖への下り道は荒れていてとても歩きにくい道でした。10:20下諏訪到着、 前回は春宮をお参りしてその後道を勘違いして岡谷インターに全然違う道を歩いて到着、今回は 地元の人に聞いたところ一旦ここから秋宮に行けばその前の道が旧の中山道だと教えて頂き無事 正確なルートを歩く事が出来ました。岡谷から登った峠の展望台からの諏訪湖の眺めは中々です。 この後は暑い西陽の中を塩尻駅に向かいました。駅近くのスポーツ施設に併設されたお風呂を利 用しました、800円も取られました、不満です。夜は住宅街に1軒だけのモデルハウスがありその デッキ(屋根の下)で寝ました。 29日土曜日 時々旧道歩きますが国道をひた歩く感じです、両側に山がそそり立ち、木曽川が間 を流れ、同じように国道とJRが並んで、交わって走っている、コンビニもなかなかありません。 今回の旅の中で初めて雨に降られました、14:00ごろ風が強くなってきて、ぽつぽつきたので、 すぐにカッパを着てリュック全体にカバーを着せて歩きました、1時間ほどで治まり、晴れ間が 出ました。17:00お風呂を頂くのに木曽福島老舗旅館いわやに入館すると同時に雨が降り出し、 もの凄い吹降りになりました。本当にタイミング良かった、1時間程ゆっくりと入浴して旅館を 出るとすっかり雨は上がっていました。明日のお風呂が馬籠の宿からバスで往復するところで、 その最終が16:50だったのですが、前回の記録からはどれくらいの時間で歩けるのかが記録があ いまいで予測困難でした、そこで少しでも明日の距離を減らしておきたかったので木曽福島駅近 くで晩御飯のあと上松駅まで約2時間歩きました。21:00ごろ上松駅到着、駅横のバリアフリート イレを利用させて頂きました、久々に建物内で温かく寝る事ができました。 30日日曜日 今日歩く道にはずっと妻籠馬籠まで何キロの表示が出ています、昨日夜JR1駅分歩い て距離稼いだので残り表示も思ったより少なく気分的には随分楽な気持ちで歩く事が出来ました。 ずーっと両側が高く切れ立った山で間を川が流れる構図は一緒です。ひとつ誤算がありました、 南木曽から妻籠に向かう道を前回は国道を歩いてしまっていました。今回は旧街道を歩く事がで きましたが、これがなかなかアップダウンのあるくねくね道でかなりの時間を要しました、昨日 の夜稼いだ分が飛んでしまった感じです。それでも頑張ったかいがあり12:30妻籠到着、どこか でお昼食べようと思いましたが時間帯も悪くどこの食堂も表まで行列でとても無理、在庫がパン ・おにぎり・饅頭とあったのでそれで我慢する事にしました。14:30馬籠バス停到着、すぐ横の A-coopショップで弁当牛乳チョコレートおにぎり揚げ物など大量に買い込み、14:55温泉行きの バスに乗車。予定より2本早いバスに乗れたので、温泉でもたっぷり時間を取ってゆっくりと体を 休めました。 大量にシャツやパンツ靴下タオルを洗濯しました、助かったのはプールで使った水着を脱水する 脱水機が脱衣場にあったので利用しました、おかげでシャツもパンツも洗ったものに全部着替え て外に出る事ができました、夕方の西陽でどんどん乾きました。16:40温泉発のバスで馬籠に戻 り中津川駅まで夕陽の中を歩きました。 今日も駅舎横のバリアフリートイレにお世話になりました。上松駅とは違い遅くまで酔っ払いが 外でうるさかったのですが、やはり温かい場所は嬉しいです。 1日月曜日 今日が中山道の中で一番長い間食料等の入手ができない区間です、山の中がずーっと 続くわけではないのです、途中に民家もたくさん出現し自販機もありますが食糧を入手できる食 堂も売店もありません、約30km、気がつかず入りましたがいつも中山道では食糧は余分に持つ ようにしていたので事なきを得ました。 その後はひたすら街中の国道を歩くと言う感じに変わ りました。いろいろな縮尺の地図を持っていると今見ている地図の1cmが何キロなのか分から なくなり、あと20分くらいで銭湯に着くと思っていたのが、実際にはそこから2時間近くかかっ たというのが今日の美濃加茂市の音羽浴場です、あわてて大変でした。 19:40音羽浴場着、入浴後近くの駐車場の横の空き家の軒下で寝ました。 足の小指の状態は日を追うごとに悪化していました、今日もお風呂の後靴を履いて2〜3歩歩いて、 こりゃとても痛くてあるけんわと思いますが、不思議と1〜2分も歩いていると麻痺してきます、 そして歩けるようになります。 2日火曜日 田んぼや畑の中や街中を歩きます、地図は時々で大丈夫です。行政によって様々です が結構中山道の案内板が立っています、注意深く意識して見る事が大切です、見落とすとルート から外れます。はずれても行き先方向が間違っていなければまた合流します、どこまでどういう 意識で旧中山道に拘るかという所に帰着します。17:17東赤坂駅到着 あさひの湯はここから電 車に乗って一駅行ったすぐそばにあると勘違いし電車を待って一駅行ってみたが、よくよく携帯 で場所を確認すると東赤坂駅に到着する300mくらい手前をその駅方向に歩いた所にあり、電車 に乗る事でより遠い場所から歩く事になってしまった、まあこんな事もある。18:00あさひの湯 到着、入浴後東赤坂駅に戻り寝る場所を探しながら街道を少し歩き、住宅街の中に手前が大きな 駐車場で奥に軒場のある2階建てのおそらく会社の建物を発見。20:00ここの軒場で食事をして、 銭湯で洗った洗濯ものをそこらに干してから休ませて頂いた。 3日水曜日彦根手前の峠道を除けばずーっと昨日と変わり映えのしない畑たんぼ街中の道である、 本当に道を歩いているだけ。予定では彦根の極楽湯で汗を流してから愛知川か近江八幡まで歩く つもりだったが、彦根まで来て残りの距離も少なくなり、お風呂でゆっくりするよりもその分少 しでも今日のうちに距離を稼いで明日楽にゴールしたいという気持ちに傾いていった、そしてそ うする事にした。足の小指の不調は相変わらずだが2〜3日前から左肩の筋肉がかなり痛み始めて いた。中山道に出る前に一度整形でヒアルロン酸とステロイドの混合の薬剤を注射してもらいか なり改善していたのだが、13kgのリュックとは言え連日の長時間の歩行に.傷めていた肩の筋肉 が悲鳴を上げたようだ。肩のまさに端っこの方にカルシウムが沈着し石灰化して肩から腕に伸び る筋肉を突き刺しているという構図です。腕を下げると固まったカルシウムに筋肉が当たり傷む、 だから左腕を折り曲げててのひらがあごのあたりに来るようにしていると痛みがましになるので、 歩いている間ずーっとそうしている、リュックの胸のあたりにあるベルトをつかんだり、ベルト に腕を突っ込んで挟んで固定したりして。まあこの痛みも極限に達した。22:00ごろ竜王の8号 線沿いのローソンで今日はこれ以上無理と判断し、近くに寝床を探し国道西側の住宅街の中の倉 庫の軒下で寝た。寝ている最中に寝がえりをうち多分左肩を相当に刺激する体制を取ったものと 思われます、痛みで目が覚めどうにもこうにもならない、ロキソニン1錠飲んだが治まらない 1時間ほどしてもう一錠のみやっとこさ眠る事が出来た。 4日木曜日=いよいよ最終日だ 04:50倉庫を出発昨日のローソンに行き、不要な荷物を宅急便 で自宅に送る事にした。店員にお願いして適当な箱を用意してもらい寝袋やテントや重たいもの を送った。リュックごと送るという方法もあったのだが小袋を持っていなかったので携帯や少し の食料水カメラ地図タオルなどをリュックで持つ事にした。左肩はこれだけ軽いリュックでも肩 に当たるだけでもう無理だったので、腰ベルトを目いっぱいに締めて左は肩を通さず右肩のみの 状態で歩いた。前回は足裏にできたまめのせいで野洲駅の手前で全く動けなくなりリタイアして いる、今回も一歩間違えば寸前リタイアである。前回リタイア地点を一分でも早く通過したいと 頑張るがなかなかたどりつかない。甲山古墳のすぐ横の新幹線高架下道、前回はここでリタイア を決意してJR線路方面に歩き線路横で歩けなくなってタクシーで野洲駅にたどり着いた。今回は ちゃんと通過できた、草津からは東海道と合流し本当に何回も何回も歩いた道だ、17:00三条大 橋に到着できた。たくさんの人が居たが写真を頼むのも面倒なので自撮り棒で証拠写真を撮影し た。11日間の戦いは終わった、これが13日間ならどんなに楽な中山道になっただろう、連日の15 時間16時間の歩行はやはりきつい、荷物も前回より多分1.5kgくらい重たい。ついつい心配に なりあれもこれもと持ってしまう、最悪買えるものは高くても買えばいいのに、貧乏症がここで も足を引っ張る。まあともかく完踏できて良かった、これで「中山道連続で、11日間で歩いた事 がありますよって」自慢ができる。費用は夜行バス6500円+食費+お風呂+馬籠のバス往復480円+ 宿泊0円です。 大好きなアルコールは街道歩きの時はいつも、今回も一滴も飲んでいません。 |
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